ひとり言が多くなる...。
お店でお金を支払うときに言われる言葉。
「〇〇円からお預かり致します」
接客マニュアルにもそう言えと書いてあります。
一部では「預かる」っていう言い方はおかしいやろって言う人もいますが…。
正しいか間違ってるかはともかく、なぜ「預かる」という言葉が定着したんだろか。
いつから言いはじめたんだろうか。
これまた誰が言ったのか「金は天下の回り物」という言葉がありますが、
お金は誰かのタンスに留めておくものではなく、人から人へ巡らせていくものだと。僕はそう解釈しました。
僕の手元に今あるお金は、僕の所有物ではなく一時的に僕が預かっているだけ。
「いただいて」、自分のものにしてはいけない。
誰かから「あずかって」、また誰かの元へ送り出さなくてはいけない。
昔の商人はそう思っていたのかも知れない。
だから「いただきます」とは言わず、「あずかります」と言ったのではないかな。
と思いました。
以上、僕の勝手な憶測ではありますが、「預かる」という言葉には昔の商人のお金に対する考え方が表れてるような、そんな気がします。
「〇〇円からお預かり致します」
接客マニュアルにもそう言えと書いてあります。
一部では「預かる」っていう言い方はおかしいやろって言う人もいますが…。
正しいか間違ってるかはともかく、なぜ「預かる」という言葉が定着したんだろか。
いつから言いはじめたんだろうか。
これまた誰が言ったのか「金は天下の回り物」という言葉がありますが、
お金は誰かのタンスに留めておくものではなく、人から人へ巡らせていくものだと。僕はそう解釈しました。
僕の手元に今あるお金は、僕の所有物ではなく一時的に僕が預かっているだけ。
「いただいて」、自分のものにしてはいけない。
誰かから「あずかって」、また誰かの元へ送り出さなくてはいけない。
昔の商人はそう思っていたのかも知れない。
だから「いただきます」とは言わず、「あずかります」と言ったのではないかな。
と思いました。
以上、僕の勝手な憶測ではありますが、「預かる」という言葉には昔の商人のお金に対する考え方が表れてるような、そんな気がします。
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グルーヴシネマ極、第二回上演作「極彩色ロックフェスティバル」無事終演致しました。
イベントの日に雪を降らすなんて、戸田くんもやるなぁなんて思いながら会場入り。続々と集まってくる出演バンドの皆さん。ちゃんと来てくれてありがとう。
あなた達が来てくれただけでもう今日のイベントは半分以上成功したようなもんです。
もちろん演奏もすばらしかった。
おかげさまで僕らも気持ち良く演奏出来ました。
それにしても今日は疲れた。演奏中の僕を見た人が「一児の父には見えなかった」と言ってくれました。誉めてくれたのだと勝手に解釈しましたがどうなんでしょ?「貫禄ねぇな」って意味にも受けとれます(笑)
うん、まぁどっちでもいいです。
僕にとって今日はとてもいい日でした。
今日一緒に時を過ごした全ての人にとっていい日であったことを願います。
お疲れさまでした~
イベントの日に雪を降らすなんて、戸田くんもやるなぁなんて思いながら会場入り。続々と集まってくる出演バンドの皆さん。ちゃんと来てくれてありがとう。
あなた達が来てくれただけでもう今日のイベントは半分以上成功したようなもんです。
もちろん演奏もすばらしかった。
おかげさまで僕らも気持ち良く演奏出来ました。
それにしても今日は疲れた。演奏中の僕を見た人が「一児の父には見えなかった」と言ってくれました。誉めてくれたのだと勝手に解釈しましたがどうなんでしょ?「貫禄ねぇな」って意味にも受けとれます(笑)
うん、まぁどっちでもいいです。
僕にとって今日はとてもいい日でした。
今日一緒に時を過ごした全ての人にとっていい日であったことを願います。
お疲れさまでした~
レッスンは京都。師匠も京都。バンドも京都。交際相手も京都。
でも棲み家は大阪。
バイトも大阪。
多数決により棲み家とバイトを京都に移すことに決定。
運よくオールディーズのライブハウスの求人を見つけ、バンドメンバーと交際相手のいる伏見に移住。「蒲生のビリーシーン」の称号を失う。
アフタービートにて、マスターと某二人組の会話に乱入。流れで彼らのレコーディングに参加することになる。
かねてより対バンなどで親交のあったドラマーの戸田氏らが召集され、ニローズバンド結成。
レコーディング後も度々バックバンドとしてステージに立つ。
…いや、座る。
その後バイトしていたライブハウスでPA&照明スタッフとして会社組織の末端に組み込まれる。人生初の固定給を得る。
この頃、アマチュアのオリジナルバンドをバカにしはじめる。
毎日質の高い演奏と練り上げられたステージング、それに熱狂し躍り狂うお客さんたちの姿に生で接していたせいだろうか。自分達のやっていることがくだらなく思えた。
。
「ビートルズごっこ」否定期と呼ぼうか。
もちろんミュージシャンの「ミ」の字もわかっていない。
つづく
でも棲み家は大阪。
バイトも大阪。
多数決により棲み家とバイトを京都に移すことに決定。
運よくオールディーズのライブハウスの求人を見つけ、バンドメンバーと交際相手のいる伏見に移住。「蒲生のビリーシーン」の称号を失う。
アフタービートにて、マスターと某二人組の会話に乱入。流れで彼らのレコーディングに参加することになる。
かねてより対バンなどで親交のあったドラマーの戸田氏らが召集され、ニローズバンド結成。
レコーディング後も度々バックバンドとしてステージに立つ。
…いや、座る。
その後バイトしていたライブハウスでPA&照明スタッフとして会社組織の末端に組み込まれる。人生初の固定給を得る。
この頃、アマチュアのオリジナルバンドをバカにしはじめる。
毎日質の高い演奏と練り上げられたステージング、それに熱狂し躍り狂うお客さんたちの姿に生で接していたせいだろうか。自分達のやっていることがくだらなく思えた。
。
「ビートルズごっこ」否定期と呼ぼうか。
もちろんミュージシャンの「ミ」の字もわかっていない。
つづく
プロフィール
HN:
山本ヤスヒロ(楽団ひとりZ)
年齢:
41
性別:
男性
誕生日:
1983/02/14
職業:
音楽家
趣味:
CD収集
自己紹介:
京都府在住。E.ベース(フレットレス&フレッテッド)弾いてます。ソロライブやってます。バンドもやってます。レッスンもやってます。育児もやってます。元気で演ってます。
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